代表者ご挨拶

【経歴】

1963年 北海道札幌市生まれ

1985年 小樽商科大学短期大学部卒業 株式会社スハラ食品入社

1990年 家業である株式会社千野米穀店入社

2000年 株式会社千野米穀店 代表取締役就任

2020年 現在に至る

【資格ほか】

五ツ星お米マイスター、お米アドバイザー、ごはんソムリエ、雑穀エキスパート

日本小児アレルギー学会会員、日本調理科学会会員、日本水稲品質・食味研究会会員

札幌市食生活改善連合協議会特別会員

株式会社千野米穀店 代表

有限会社みんなの食品 代表

Youtubeお米炊飯研究所 所長

【ご挨拶】

弊社の企業理念です。

「お米の美味しさを多くの人に伝え、幸せな食生活を創造する」

私の背骨であり、原点であり、苦しいとき困ったときに自らを励ます言葉です。

お米は今はどこからでも買えて取り寄せることができます。しかし、お客様が購入先を選ぶときに私たちは選ばれる米屋でありたいとずっと願ってきました。

私は祖父で創業者である千野善松の孫として北海道札幌市に生まれました。千野善松の子どもは娘三人。私はその長女(母)の長男です。父が徳永姓ですので、名字は徳永です。

生まれた時から店の帳場と居間の境目がないような家で、いつもいろいろなお客様がお越しになったり、みんなが忙しく働いているその場所で育ちました。当時の先輩、従業員さん、お客様に育てられたといってもいいくらいです。

小さいときから自分は米屋になる、と祖父に言っていたそうです。

しかしそれも、高校生くらいになると叔父らと同じ職、プロの料理人になりたいと思うようになりました。

料理が好きだったのです。今でも食べることはもちろんですが、作ることも好きです。

しかし、叔父らにこれからの料理人は大学くらい出ていなくちゃダメだ、と諭され、それでも働いて稼ぎ自立したいと思っていた私は夜間大学を選び、昼間はアルバイト、夜間大学に行き、深夜には当時のファミリーレストランでウェイターのアルバイトなどをしていました。

3年間の短大を一年留年し4年で(4年制大学を卒業したようなフリで)卒業しています。

というのも、19歳のときに自転車で日本縦断、途中北アルプスでアルバイト、熊本でコンクリート工のアルバイトをしながら最南端は西表島まで行き、帰りは鹿児島から各駅停車だけで札幌まで一ヶ月かけて帰ってきました。20歳の誕生日は北アルプスの鹿島槍ヶ岳(2889m)八峰キレット小屋で一ヶ月半の山小屋アルバイトをしていました。就業時に登山をしたこともない私が、山小屋スタッフの後をついて、日本でも屈指の難関ルートを8時間歩き、山小屋までたどり着いたのは思い出です。

北海道へ帰り、昼と深夜のアルバイトを続け多少の資金を作り、22歳には当時(1984年)の中国を3ヶ月間放浪しました。中国の中でもチベット、新疆ウィグル自治区、黒竜江省、内モンゴル、ほぼ全土を旅しました。私の原風景は今でもモンゴルの小高い山から見た、果てしなく続く草原です。奇しくも、日本へ帰国する少し前、中国南部、広州市の宿泊していたドミトリーで「スキヤキソング」の歌手が亡くなったらしい、と聞かされたのはそのときです。日航機事故で坂本九さんが亡くなられたのがこのとき。「スキヤキソング」は「上を向いて歩こう」という曲のことです。

短大を卒業後、当時、小樽に本社のある(株)スハラ食品へ入社しました。

釧路と小樽で営業職に従事しながら、諸先輩から叱られ励まされ、担当していた小売店の皆様からは大変可愛がっていただき、たくさんのことを教えていただきました。

いまこうして米屋を続けていられるのも、その当時のご指導のお陰です。

スハラ食品に5年間在籍した後、家業である千野米穀店に入社しました。

当時元気だった祖父、千野善松からは、お客様を大切にしなさい、良いお米を売りなさい、と教えられてきました。

1996年に道農業試験場の研究者と小児科医、米屋の私も参画し米アレルギー研究会が発足しました。当時の北海道産ゆきひかりと米アレルギーの有効性についてに関する研究がテーマです。このときには、多くの農業研究者、医師、食品研究開発者らと夜が明けるまで酒を酌み交わし、米とは何か、食べ物とは何か、生き方はどうあるべきか、を議論し、みんな若くてエネルギッシュだった当時の諸先輩からも叱られ励まされ、背中を押され、立ち止まることも教えられ、今の米屋としての商品知識、技術、生き方と・・・私自身を形成するすべての基礎になっています。

冒頭に述べた企業理念は、そのときの品種開発者の喜びや葛藤、食べものでご苦労されるアレルギー患者さんたち・子どもたち、食物アレルギーが認知されていない時代から治療に立ち向かう医師たち、家庭内弱者に寄り添う食べ物とは何か、に葛藤する開発者たち。善良で真摯で正直で、時には生真面目すぎるほどの諸先輩方の熱き思いに感謝を以て報いたいと願った言葉です。

美味しいことは幸せです。

私たちは幸せになるためにこの世に生まれてきました。

私たちはお客様の人生の一コマをお米と食べ物で担いたい。

世界中のたくさんの皆様に、お米と食べ物を通じて幸せをお届けしたいと願っております。

多くの皆様のご高配を賜れば幸甚です。

今後とも株式会社千野米穀店をどうぞよろしくお願いいたします。

 

株式会社千野米穀店

代表取締役 徳永善也